——【WHO・組織編】産業保健への依存を脱し、経営・現場・事務局が連動する「4つの層」

前回は、健康経営が「認定マーク取得のための事務作業」に矮小化されてしまう「報われないループ」について取り上げました。
今月の連載の軸である 「健康経営の目的を自社の手に取り戻す」 ——その第2回にあたる今回のテーマは、WHO(誰が動かすのか) です。
なぜ多くの企業が、あのループから抜け出せないのか。理由はシンプルです。健康経営を動かす「体制」が、産業保健チーム一部門に依存したままだからです。どれほど立派な目的を掲げても、それを動かす体制がなければ、健康経営は「健康管理の延長」で止まってしまいます。
今回は、産業保健メンバーの孤独な戦いを終わらせ、組織全体で健康経営を自走させるための 「4つの層」 という考え方をお伝えします。
目次
1. よくある体制図が抱える限界
健康経営に取り組む企業の組織体制図を見せていただくと、多くが似たような形をしています。
産業保健チームと健康保険組合が連携して健康管理施策を進め、その進捗を経営会議などが報告として受け取る。
一見すると、経営層が関与しているように見えます。しかし、この体制には大きな限界があります。
- 経営層は「報告を受ける」だけ:健診の受診率やストレスチェックの実施率をチェックするにとどまり、経営戦略や投資としての議論に発展しない
- 経営層が適切にレビューできない:健康管理には専門性が必要なため、「これが経営なのか」という疑問を抱えたまま、前のめりに関与できない
- 担当者に負担が集中する:産業保健チームばかりが健康管理のPDCAを回し続け、「自分たちだけが浮いている」という孤独感が生まれる
この構図の本質的な問題は、体制全体が 「健康管理を経営層がチェックする」 ことに終始し、「人的資本への投資を経営層が判断する」 という健康経営の核心が、どこにも組み込まれていないことにあります。
2. 本質的な健康経営を動かす「4つの層」
では、どうすればよいのか。私たちは、本質的な健康経営を展開するために、推進体制を次の 「4つの層」 に分けて捉えることを提唱しています。
上から順に、次の4つです。
- 企業価値向上の層
- 健康風土醸成の層
- 健康課題解決の層
- 認定申請の層(健康経営優良法人認定制度との接点)
ここで大切なのは、それぞれの層に明確な 「主役」 がいるということです。
従来の体制のように産業保健チームがすべてを背負うのではなく、各層の主役がそれぞれの持ち場で役割を果たし、年間スケジュールを共有しながら連動する。そうして初めて、健康経営は組織全体の力として機能し始めます。
3. 4つの層、それぞれの主役と役割
では、それぞれの層で誰が主役となり、何を担うのかを見ていきましょう。
【第1層/企業価値向上】主役は “経営層”
経営層の役割は、報告を受けることではありません。人的資本投資の判断を下すことです。
- 経営会議とは別に 「健康経営委員会」 のような会議体を設置する(人的資本投資としての健康経営に特化した会議体)
- 健康経営が経営方針の実現(KGIの達成)にどう寄与しているか、自社の健康管理は自社の従業員の働き方等の特性にマッチしているかなどを、投資の有効性という観点からレビューする
- その成果を、資本市場・労働市場・競争市場のステークホルダーへ、建設的な対話(ナラティブ)として開示する
【第2層/健康風土醸成】主役は “リーダー(KGIオーナー)”
ここが、従来の体制に決定的に欠けていた層です。設定したKGI(3〜5年後のありたい姿を測る指標)の達成に向けて、組織の風土改革を牽引します。
- 事業部門のリーダーなどを 「KGIオーナー」 として指名・委嘱する
- 必要に応じてサブオーナーや担当事務局を置き、風土改革チームを組成する
- 健康風土は「醸成されるのを待つ」のではなく、意図的に「創りだす」
【第3層/健康課題解決】主役は “産業保健メンバー”
ここは従来から存在してきた層であり、引き続き産業保健チームが主役を務めます。健康経営の 「土台」を支える、欠かせない役割です。
- 総務人事部が産業保健施策を統括する
- 専門職としての産業医・保健師を加えたチームとして、データに基づく健康管理・保健指導のレベルを高める
多くの企業での健康経営の取り組みでは、健康管理がメインとなっているため、この層が健康経営の「すべて(あるいは大半)」になっています。「4つのうちの1つ」 になることで、産業保健チームが本来の専門性に集中できるようになります。
【第4層/認定申請】主役は “担当者(事務局)”
各層の取り組みを統括し、その内容を「健康経営度調査票」に反映して申請する実務を担います。
- 事務局は単なる作業者ではない
- 4つの層の活動を年間スケジュールに沿ってコーディネートする、連携のハブ としての役割を果たす
4. 4つの層を「連動」させる
4つの層を定義しただけでは、まだ絵に描いた餅です。肝心なのは、これらを 「連動」させる仕組み です。
その要は、次の流れにあります。
- 2つのPDCAを回す:健康風土醸成(KGIのPDCA)と健康課題解決(産業保健のPDCA)、それぞれの層が自律的にPDCAを回す
- 経営層がレビューする:この2層の活動を、健診結果の確認に終始する従来の会議ではなく、人的資本投資の判断にフォーカスした「健康経営委員会」でレビューする
- 事務局が束ねる:これらの活動の結果を、事務局が調査票へと束ねて申請する
この4つの層が、バラバラに動くのではなく、共通の年間スケジュール を持って動くこと。それが、健康経営を自走させる推進体制の要になります。
5. まとめ:押し付け合いから、対等な連携へ
健康経営は、総務部や産業保健チームに押し付けるものではありません。各部署が、それぞれの立場で当事者になれるテーマです。
- 経営トップ:投資判断に責任を持ち、ステークホルダーに対して人的資本投資を通した自社の成長を語る
- 経営企画部:自社の経営戦略の達成に貢献する人的資本投資として捉え(サステナビリティ経営の一部)、健康経営の設計(経営方針から健康経営の推進方針・目標・KGIを導く)
- 人事部:社員のエンゲージメント向上を担う主幹部署として関わる
- 現場のリーダー:風土改革を牽引する
- 産業保健チーム:土台を支える専門家として本領を発揮する
各部署が「壁」を作って押し付け合うのではなく、対等なパートナーとして連動 したとき、担当者の孤独な戦いは終わり、全社一丸の「自走型」健康経営が動き出します。
推進体制という「器」が整っても、その中に入れる「魂」がなければ組織は動きません。
次回は、【HOW・戦略編】として、自社の経営戦略に沿った健康経営の設計図「戦略マップ」の描き方に焦点を当てます。ガイドブックの事例を安易にマネることの危険性を紐解き、他社にはマネできない「100社100通り」の戦略マップと、それを動かす「健康風土」のつくり方を解説します。
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