——【HOW・戦略編】経営方針からのバックキャスティングと、戦略を動かす「健康風土」

前回まで、健康経営の 「目的(WHY)」 と、それを動かす 「体制(WHO)」 についてお伝えしてきました。今月の連載の軸である 「健康経営の目的を自社の手に取り戻す」——その最終回となる今回は、いよいよ HOW(どう描くのか) です。
目的が定まり、体制という器も整った。では最後に、その器に何を盛るのか。自社の健康経営の設計図である 「戦略マップ」 を描くステップです。
ここで多くの企業が、ある落とし穴にはまります。経済産業省の『健康経営ガイドブック2025』に載っている事例を、そのまま自社に当てはめてしまうのです。今回は、なぜそれが危険なのかを具体的な事例で示しながら、自社だけの戦略マップと、それを動かす 「健康風土」 の描き方をお伝えします。
目次
- 新しくなった戦略マップと、「マネ」のリスク
- タクシー会社の事例で考える「決定的な落差」
- 経営方針からバックキャスティングする
- 戦略を動かす土壌としての「健康風土」
- まとめ:形を整えるだけでなく、魂を入れる
1. 新しくなった戦略マップと、「マネ」のリスク
『健康経営ガイドブック2025』では、健康経営の設計図である「戦略マップ」の考え方が新しくなりました。
「経営方針に基づく健康経営の推進方針」「健康経営の目標」「KGI」を、企業が自社で設定していくフォーマットへと進化しています。これは、これまでお伝えしてきた「本質」に沿った、とても良い方向性です。
しかし、ここに落とし穴があります。ガイドブックの記入例を、そのまま写してしまうことです。
たとえばガイドブックには、運輸業の例として、次のように示されています。
- 経営方針:「安全にお客様を輸送する」
- KGI:「2027年度の睡眠で休養が取れている従業員比率を●%とする」
一見「なるほど」と思える例です。
だからこそ、つい自社の欄にもそのまま書き写したくなる。しかし、これをそのまま自社のKGIにしてしまうと、どうなるでしょうか。
結局は 「睡眠習慣を改善する」という健康管理の目標に留まってしまい、自社の経営方針を実現するための独自の成長戦略にはなりません。ガイドが用意した「戦略マップ」でありながら、その中身は「健康管理の施策一覧」に逆戻りしてしまうのです。
2. タクシー会社の事例で考える「決定的な落差」
この「落差」を、具体的な事例で見てみましょう。健康経営ガイドブック2025で「運輸業」の例として示している内容と比較するために、次のようなタクシー会社を例にとります。
この会社の経営方針
仮にこのタクシー会社が、次のような経営方針を掲げているとします。
「観光地でのインバウンド需要に応え、地域の魅力をおもてなしとコト体験から支えることで、日本のファンをつくり、顧客の帰国後も思い出を語りたくなるような、心に残る体験を提供する。」
この経営方針を実現するために、人的資本経営としての健康経営を考えると、次のような展開になります。
「人を運ぶ」から「思い出を運ぶ」へのビジネスモデルのシフトを健康経営を活用する。この会社の悩みは深刻な運転手不足。「運転手」から「地域のアンバサダー」への意識改革が、成長のカギを握っています。
- 「人を運ぶ」から「思い出を運ぶ」へのビジネスモデルのシフトを健康経営を活用して実現する。
- 悩みは深刻な運転手不足。今までのタクシー運転手のイメージを払拭し、若手や女性も集まる会社にする。
- 「運転手」から「地域のアンバサダー」への意識改革が、成長のカギを握る。
- 学び合う・助け合う風土の醸成。(アプリでの外国語対応、育児時間・女性特有の健康課題を支える施策)
こうした経営方針を実現するために、人的資本投資としての健康経営を活用するという「攻めの健康経営(各社の経営方針に基づいて健康経営の推進方針・目標・KGIを導いて健康経営を設計・運用する)」を自社で考えた場合との比較をしてみます。
「マネ」した場合と「自社で考えた」場合の落差
この会社が、ガイドブックの例をそのまま写した場合と、経営方針から素直に考えた場合とで、KGIはこれほど変わります。
| KGIの設定 | 何を測っているか | |
|---|---|---|
| ガイドを「マネ」した場合 | 睡眠で休養が取れている従業員比率●% | 運転手の健康状態(健康管理の枠内) |
| 経営方針から「考えた」場合 | ・ワーク・エンゲージメントスコア ・「大切にされている」スコア ・働きやすさ支援施策の活用率 | アンバサダーとしての誇り・やりがい、新しい担い手が集まる状態 |
もちろん睡眠は大切です。しかし「マネ」の場合、それは「過酷なタクシー運転手」というイメージの中で健康を守る話にとどまり、「地域のアンバサダーが集まり、活躍する会社になる」という経営方針の実現には、まるで届きません。
同じ業界の場合でも、KGIはこれほど変わる。この落差こそが、「マネ」と「自社で考えること」の決定的な違いです。
3. 経営方針からバックキャスティングする
では、どうやって自社だけのKGIにたどり着くのか。カギは 「バックキャスティング」 です。
出発点は、施策でも健診データでもありません。自社の経営方針です。次のような問いから出発します。
- 自社のビジネスモデルは、競合とどこが違うのか?
- 本業を強くするために、健康経営をどう活用するのか?
- 経営トップは、人的資本(社員)について何を気にしているのか?
これらの問いから、経営方針 → 健康経営の推進方針 → 目標 → KGI へと、一貫したストーリーとして逆算していきます。
先ほどのタクシー会社なら、こうつながります。
- 経営方針:思い出を運ぶ/地域のアンバサダーへ
- 推進方針:「地域のアンバサダーとして自他共に認める企業になる」
- 目標:「成長を実感できる」「助け合える」「若手や女性が活躍できる」会社にする
- KGI:ワーク・エンゲージメントスコア、POSスコア 等
この一本のストーリーが通っているからこそ、現場の一人ひとりも「なぜこの取り組みをやるのか」が腹落ちします。
「100社あれば、100通りの健康経営」がある——この言葉の意味は、まさにここにあります。経営方針が100社それぞれ違う以上、そこから逆算されるKGIも、100通りでなければおかしいのです。
4. 戦略を動かす土壌としての「健康風土」
そして、もうひとつ忘れてはならないことがあります。どれほど見事な戦略マップ(ハード)を描いても、それだけでは組織は動かないということです。
戦略を実行に移し、成果を生み出すのは、現場の従業員です。ここで効いてくるのが、第1回で触れた 「社会的な健康」——すなわち「健康風土」 です。
肉体や精神の健康だけでなく、自社が進む方向に向かって、従業員がお互いを気遣い、心理的安全性と「自分の居場所」を感じられる状態。この土壌があってはじめて、従業員は自律的に動き、ワーク・エンゲージメントを高めていきます。
大切なのは、健康風土を 「醸成されるのを待つ」のではなく、「創りだす」 活動として設計することです。
- 前回お伝えした 「KGIオーナー」 が主役となる
- KGIごとにロードマップを作成し、PDCAを回していく
- 研修や日々のマネジメントを通じて、意図的に風土を耕していく
戦略マップという設計図 と、健康風土という土壌。この両輪がそろって、はじめて健康経営は成果を生みます。
NOSTでは、独自の独自の戦略マップとして『健康経営戦略フロー図(無償公開)』を、そして、これとセットで健康風土の醸成のPDCAを展開する『健康風土醸成ロードマップ(無償公開)』を提供しています。
せっかく、戦略マップを作成して、KGIを設定したのです。ガイドをマネして設定したわけではありません。
健康管理(産業保健)が計画に基づいてPDCAを展開して整備していくのと同様に、健康風土はKGIの達成を目指してPDCAを展開していくものです。

5. まとめ:形を整えるだけでなく、魂を入れる
健康経営度調査票を埋めるためだけに、他社の事例をなぞって形を整える。
そうしたパッチワーク的な施策では、何も変わらないどころか、使った時間もお金もムダになってしまいます。
- 自社が勝つためのシナリオ(戦略マップ)を、経営方針から一貫して描く
- それを動かす土壌(健康風土)を、意図的に創りだす
この両輪を回すことこそが、本質的な健康経営のアプローチです。
3回にわたってお伝えしてきた 「目的(WHY)」「体制(WHO)」「戦略(HOW)」 は、どれも欠けてはならないものです。
目的が定まり、体制が連動し、自社だけの戦略が現場の風土に根を張ったとき、健康経営はようやく「本業を強くする経営」になります。そして、その先に、認定という結果も自然についてきます。
今月の連載ブログでは、本質的な健康経営の輪郭をお伝えしてきました。
最後に【編集後記】として、なぜ私たちノストライフが、あえてこの「調査票の季節」に本質を語り直すのか。その背景にある想いを、代表の言葉でお届けします。
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